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2008年07月18日 (金) | Edit |
同じ時期の夫のブログはこちらです。

夫が異動となってからは、家族そろって食事をする機会が増え、私は勿論、子どもにとっても嬉しいことだったと思います。

2007年半ばには第二子を授かり、ますます幸せでしたが、私の体調はよくありませんでした。流産をしかけ、悪阻もひどく、この先も夫や職場に迷惑をかけることを思うと勤め続けることは誰のためにもならないと思い、就職して数ヶ月でしたが、退職しました。それに伴い、子どもは保育園にはいられなくなるため、退園することになりました。

たった数ヶ月でしたが…離れたことで子どもに対してより一層の愛情を感じました。色々な考え方がありますが、私にはお勤めはまだ早かったようです。それまでは私の方が出勤時間は早く、帰宅時間が遅かったので、いつも申し訳なく思っていたことに気付きました。退職してからは夫が帰宅する時には、必ず子どもと出迎えられるようになりました。私にとってはそのことでかなり精神的に楽になりました。夫も異動先の仕事には慣れたようで、安心していました。


この時期の私の体調は最悪でした。ひたすら安静の毎日。子どもがいるので入院は避けたいと思っていました。経験上「やがて終わりがある」と分かっている悪阻。しかし、その最中は本当に生きていることが辛くなりました。 その時の私は、自分のことしか見えていませんでした。

子どもを外で遊ばせてやれないことがとにかく申し訳なくて、思わず子どもの前で涙ぐむこともありましたが、子ども本人はまだようやく歩き始めたばかりで母親の体や心の変化が分からず、横たわっている母親の隣りでコロンと横になり、私の方をじっと見つめただ、ただおとなしく過ごしていたのでした。

そんな時、私は布団に横たわったまま、短い期間しか通うことがなかった保育園の先生とのやり取りを思い出していました。

保育士 「まだバイバイができないから、芸を教えているんですよ。」
私    「…そうですか…」

【芸】という言い方に酷く傷付いた私ですが、子どもを預けている以上園の方針には従う必要があるので、その時は特に何も言いませんでした。 母子手帳の発達項目の内容によっては「いいえ」と丸をつける箇所が増え始めたことも、大変気がかりでした。

「この子、発達に遅れがあるのかも…もしかして…私の実兄と同じ障害があるのかも…」と思いつつも、「そんなこと考えてはいけない、決めつけてはならない!」と打ち消し、お腹の子の胎動に励まされながら、なんとか毎日を過ごしていました。今思うと本当に自己中心的な精神状態であったと思います。夫が仕事も家事も育児も頑張っていてくれたのに、労いの言葉や、思い遣りの気持ちが足りなかったかも…と反省しています。
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